2007年03月11日
玉川温泉について
玉川温泉(たまがわおんせん)は、秋田県仙北市(旧国出羽国、明治以降は羽後国)にある温泉です。「癌治療に効果がある温泉」と宣伝されて有名になった。
<玉川温泉(秋田県)へのアクセス>
<公共交通機関>
秋田新幹線田沢湖駅から羽後交通バスで約1時間20分
花輪線鹿角花輪駅から秋北バスで約1時間15分
花輪線八幡平駅から秋北バスで約1時間
秋田空港からあきたエアポートライナーで約2時間30分
大館能代空港から乗合いタクシー「愛☆のりくん」で1時間30分
なお、冬季は田沢湖駅側からのルートだけとなり、隣の新玉川温泉から雪上車での送迎となる。
<自家用車 >
東北自動車道・盛岡ICより、国道46号・国道341号経由で約1時間30分
東北自動車道・鹿角八幡平ICより、国道282号・国道341号経由で約1時間40分
秋田自動車道・協和ICより、国道341号(国道46号)経由で約3時間
秋田空港から国道13号・国道46号・国道341号経由で約2時間30分
※:国道341号は、11月23日頃~翌年4月下旬まで冬季閉鎖になるため、田沢湖駅近くの指定駐車場に車を止め、最寄のバス停から乗車することになる。
<玉川温泉(秋田県)の泉質>
大噴
湯の花採取光景酸性-含二酸化炭素・鉄 (II)・アルミニウム-塩化物泉
「大噴」(おおぶけ)と呼ばれる湧出口から、pH1.2(日本で一番pHの数値が低い)の強酸性泉(塩酸が主成分)が毎分9,000リットル湧出する。単一の湧出口からの湧出量としては日本一を誇る。大噴の下流側には湯の花を採取する樋が設置されている。
※(注意)入浴中に顔をぬぐうと強酸性の湯が眼に入る。飲泉可だが、水で薄めて飲む、後で清水で口をすすぐか、ストローを使用して歯に付着しないように飲む(でないと歯のエナメル質が溶ける恐れあり)など、注意書きには必ず従うこと。
<玉川温泉(秋田県)の効能>
高血圧症、動脈硬化症、婦人病、神経痛、皮膚病、喘息、癌など
※(注意) 効能は万人に対してその効果を保障するものではない。一般の温泉と同じで一応「悪性腫瘍」は禁忌症となっている。
<玉川温泉(秋田県)の温泉街>
玉川温泉地獄地帯と岩盤浴秋田・岩手の県境にまたがる八幡平(火山)の秋田側に位置し、山中の一軒宿だったが、多様な泉質と豊富な湯量と絶大な効能から、本格的湯治場として人気が高く、きわめて宿泊の予約が入れにくいため、1998年に同経営の「新玉川温泉」が玉川温泉から徒歩10分程の所に、さらに2004年には別経営の宿が新玉川温泉の近くに開業している。湯治向きの玉川温泉に対して、新玉川温泉は観光客向けに作られている。玉川温泉と新玉川温泉とでは、新玉川の湯の方が刺激も少なく入りやすい。これは、源泉から長距離引湯している影響である。特に有名なのが、この温泉と台湾の北投温泉にだけ存在する北投石(ほくとうせき)。近年末期がんに絶大な効能があると言われ、マスコミにも報道されている。
温泉地には地熱の高い地獄地帯が存在し、岩盤浴が名物である。多くの人がゴザを引いて岩盤浴を行う光景が見られる。
<玉川温泉(秋田県)の歴史>
地元のマタギにより1680年に発見された。発見時に鹿が傷を癒していたことから、古くは「鹿の湯」、「鹿湯」と呼ばれた。1885年(明治17年)に、鹿湯という名称で湯治場として開かれるまでは、当地にあった硫黄採掘所の工夫とマタギが温泉を利用していた。
温泉地としての本格的に開かれることになったのは、五代目・関直右衛門が開発に乗り出してからである。 1929年(昭和4年)に当地で湯治を行い、その効能の高さを知った関は、1932年に近隣の湯瀬温泉に湯瀬ホテルを建設すると共に玉川温泉の権利を取得した。
1934年(昭和9年)、それまでの鹿湯という名称から玉川温泉に改められた。命名は朝日新聞記者・杉村楚人冠による。
戦前は、馬が主要な交通手段で、交通の便が非常に悪かった。第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)、国道およびバス路線が開通。その後開発が進むようになった。
1959年(昭和34年)9月3日 - 厚生省告示第256号により、八幡平温泉郷の一部として国民保養温泉地に指定。
<玉川温泉(秋田県)の玉川毒水>
強酸性の湯は湯治においては人々の役に立つが、かつては田畑を枯らし、魚を殺す「玉川毒水」として恐れられてもいた。1940年に、玉川の中和を図るためこの酸性水を田沢湖に導入し、希釈して放流する事業が行われたが、その結果そこに生息していたクニマスが絶滅している。
現在では下流の玉川に流れ込む前に石灰により中和処理を行い、pHの数値を高めて(アルカリ化)から放流される。1972年(昭和47年)から、東北電力の協力により、野積みの石灰石に酸性水を散いて中和させる「簡易石灰石中和法」による処理を開始。1989年(平成元年)の中和施設の完成(本運用は1991年)により玉川の酸性度は更に緩和された。1990年には下流の宝仙台付近に玉川ダムが完成、中和後の沈殿と攪拌も行うようになった事により、有史以来秋田平野の最大の難題であった玉川毒水は、現在基準地点(玉川頭首工)付近でpH6.8にまで回復した。しかし田沢湖の水質は目標に未だ届かず、回復の努力が続けられている。